3月6日から、某ブログサイトでスタートしたばかりの、
「 アセンデッドマスター流聖さんとのコラボ日記」
現時点で既に
閲覧回数約300回、PV人数100人を
を超えました。
多くの人が設定するだろう「生活」というカテゴリーは
やっぱり設定者が多くて70万個のブログが存在していました。
このブログもその中に混ぜていたんですが、
カテゴリランキングで、2万を割ったという・・・
多分、占い系のカテゴリーに入れてたら
もっと上位のランキングだったんだろうとは思います。
宣伝などは一切、していなくとも、
そんな数字を引き込めるのは、やはり
アセンデッドマスターとのコラボならでは、なんじゃ
ないかと思います。
そんなブログをこの度、PV100人を記念して
こちらのBloggerに転居することにしました。
ちなみに元の居場所へは告知することなく
こっそり引っ越してきました。
流聖師匠からのサポートを得る毎日。
その見返り、というのが実はあるんです。
弟子である、ちび流聖は他の生命体との接触を
制限することを義務づけられるようになりました。
媒体を持って存在する生命体、そして媒体を持たずに存在する生命体、
そのどちらとも。
流聖師匠と出会って、異次元の存在を認めるようになってからは、
生存者の魂と死者の魂、という区分けの仕方が自分の中で変わりました。
魂=エネルギー
これって、存在している時点で、『生命体』なんじゃないかって
いうイメージが強くなったんですよね。
生存者と死者、という2つだけに限定して区分けする考え方では
どうしても理屈が合わなくなってくるんです。
どちらにも当てはまらない流聖師匠を説明するには、
「生命体であり、媒体を持たない」が妥当だと思うんです。
といった感じで、普段から異次元のエネルギーや死者のエネルギーは
「媒体を持たない生命体」として存在しているという
考え方をしています。
そんな前置きから、本題に移ろうと思います。
今回のブログのメインである
「媒体を持っている生命体」との関わりについて。
自分、という単体の生命は
世界の中では非力な存在でしかない。
これまでに自分が人間として培ってきた知識や知恵、
それらの原点は生まれ育った土地と、
そこに住んでいる人間から得て形成されて
いまに至っているわけですので、
媒体を持っている生命体との関わりについての
全てを否定したりはしません。
非力な存在は、他の媒体を持っている生命体の
協力なしに、ここまで成長することは不可能なわけなので。
ただし、自身の魂の成長が進むにつれて、
魂の成長の妨げをする生命体も存在することがわかってくる。
流聖師匠と出会う前は、誰に対しても、
警戒心というものを持たない性格でした。
そんな性格でいることは危険すぎるということで、
「生命体が発するエネルギーの質」で
他の生命体に対して多少の警戒をすることを
養わされました。
「信じるものは、救われる」
この言霊は、確かに強力な陽の引力を持っています。
その陽の引力が発揮していると、何故わかるのか。
それは、他の生命体が関わりを持って動いてくれる
合図でわかるものなので、
他の生命体の全てに警戒してしまっているような心では、
その貴重な合図を受け取れなくなる。
流聖師匠は、他の生命体からの情報を
適度に信じ、適度に用心することを
弟子の自分に学ばせました。
その訓練をするには、
ひとりで居る時間を長く設けることが
大事だということで、基本は「ぼっち」です。
ひとりで居ることが基本で、直接的な対面は
極力、控えて媒体を通して人とのコミュニケーションを
計るようにする生活になりました。
「いじめられるのが嫌だから、グループや組織に混ざる」
それはそれでありだと思います。
けれど、流聖師匠がそれを好まない。
せっかく弟子のことを守っているのに、
他者によって防御力が解かれては守っている意味が無い、
ということらしい。
こういった基本のルールを設けているのは、
アセンデッドマスターの弟子という立場だから
距離を置いているんであって。
いじめられるのが嫌だから近寄らない、
人間嫌いなわけではないんですよね。
ちょっと世間から誤解されてるかな、この部分が。
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