2020年4月6日月曜日

これが二極化の序章?

皆さんもご存知の通り、殺人ウイルスが世界中に蔓延して
世界が混沌と化している、2020年の春。

通りがかりに目に映る、
桜の美しく咲く様子が、お花見の自粛によって
今年はなんとなく侘びしく感じます。

色々、噂されていますね、
この度の世界恐慌なるものも、
あらかじめ世界の物語として仕込まれていたシナリオ
なのではないか?と。
元々、仕込まれていたことなのか、
それとも、世界の物語(未来)をたまたま予知していた
人がいたというだけなのか・・・

ただ、分かることはあるとすれば、
現実(リアル)で起きていることだ、ということ。

今年は心身の療養に専念できるようにと、
昨年から環境を整えてきていたので
あまり世界情勢につていの発言は控える年にする“つもり”でいました。
ですが、2020年という年の蓋を開けてみたら・・・
現実は静かに療養させてもらえる状況ではないようですね。

師匠の愛弟子が色々と控えめにしようとすると、
そうはさせるか、と言わんばかりに
とんでもないものが動き出す・・・・

師匠の愛弟子であって、一般人の中でも
貧困層の階級に混ざっている主。
「その現実こそが人生の積み重ねの集大成だ」と
当然のポジションであると言ってくる人もいます。
しかし、貧困層の階級に混ざることの必要性を神様が
主に与えていて、そこからの眺めから改善していくヒントを
導き出す使命が自分に与えられているから、
この定位置となっている、という裏話を知っているのは自分しか
いないわけなので、周りの考え方とのギャップが
少なからず発生していると思います。


インターネット界隈で以前から噂になっていた
二極化というものが表面化される序章となるのが
今回のウイルス騒動なのではないか、と
ふとそう感じたので、それについてまとめたいと思い、
久々にこちらのブログを更新しました。

ウイルスによって、働けなくなった人たちがいます。
その中には、数ヶ月は切り詰めれば生活できる貯蓄がある者もいれば
貯蓄がなくて何ヶ月も働けないことになれば
路頭に迷ってしまう者もいる。

それらとは逆に、
どんな状況であっても、働ける環境に恵まれている者もいる。

どれを二極化と捉えたらいいのだろう。

路頭に迷う者と、蓄えで食い繋げる者を二極化というのか、
それとも、

世界情勢の悪化によって働けなくなる者と
どんな状況でも働ける環境に恵まれている者を、二極化というのか。

日本で生まれ、育ってきた主の感じる二極化は、
後の例を指しているような気がしてならない。

『マジメに働いていれば
悪いようにはならない』
これが正解なのか?
けれども、マジメに働いていれば、それはそれで
精神力と体力の消耗という身を削るリスクが付きまとう。

ウイルスの晒されるリスクだってある。

不思議なもので、神様の辞書には
『マジメに働いていれば
悪いようにはならない』と書いてあるので、
危機管理能力さえしっかり機能していれば
ウイルスのリスクも回避できるようになっている。


「恐怖イメージの肥大化」

イメージは具現化する。
それが今、起きている惨状の根源

根拠のない「大丈夫」という余裕よりも
データ化された身近に迫っている「危ない」という
不安が勝っている、集大成が今。

今を変えるには、具現化のイメージを変えないことには
いつまでも終息しないことになってしまう。

 「ネガティブをポジティブに変換するだとか、
生ぬるいことを言っていられる場合ではない」
 と煽るものもいるが・・・

いや、逆に、ポジティブのバリヤを壊せるものなら、
壊してみろ、ぐらいの気迫があったほうが
効果があるのではないだろうか!?


療養中の身ではありますが、
師匠の眉間のシワが深くなればなるほど、
黙っていられる状況ではないのではないかと思い、
この度のウイルス騒動についてブログにしました。